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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)27号 判決

上告人

三宅祥雅

右訴訟代理人弁護士

庄司宏

被上告人

枚方市教育委員会

右代表者委員長

福谷一男

右訴訟代理人弁護士

仲田哲

河合伸一

右当事者間の大阪高等裁判所平成元年(行コ)第一七号分限免職処分取消請求事件について、同裁判所が平成元年一一月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人庄司宏の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 中島敏次郎)

(平成二年(行ツ)第二七号 上告人 三宅祥雅)

上告代理人庄司宏の上告理由

はしがき

上告人が、本件免職処分を違法とする、基本的な視点は、被上告人が免職処分の事由の第一に挙げている「決められた始業、終業時刻(一六時三〇分から翌日八時三〇分まで)を遵守せず概ね一七時三〇分頃出勤し翌日七時三〇分頃退勤した」ことをもって協定違反として免職処分を正当化しているが、上告人は、宿日直代行員に任用されて以来、一七年間始業一七時三〇分終業(翌日)七時三〇分の勤務パターンを継続しており、これは「労働慣行」として成立していたのであるから、そこには何らの協定違反はない、それを無視して免職処分の理由とすることは、不当、違法というにある。

一審及び原審判決は、上告人の主張の根拠である勤務態様は「労働慣行」として成立していたとの点については、宿日直代行員組合と枚方市教育委員会との協約書等勤務の始業終業についての任用者側主張の合意の存在等をもって否定的判断を下している。

この点について本代理人は、一審、原審ともいわゆる「労働慣行」の存在が争いの基点になっている事案につき、単に勤務条件に関する労使の合意文書の存在などを中心的証拠とする判断のパターンは、「労働慣行」の争いについてのアプローチとしては、根本的な誤りがあり、その結果たる判断も根本的に誤っていると考えているので、この点については後に詳論する。

ただ、本弁護士がここに一言解れておきたいことは、いわゆる「宿日直代行員」(横浜市では「学校管理員」などとも呼ばれている)の業務は、定年退職後の老齢者なども従事しているが、若年者では大学、大学院のアルバイト生や、国家試験の受験生等がかなりの比率を占めており、本件上告人も枚方教育委員会の審問の中で、大阪市立大学大学院の修士課程在学中及び司法試験準備中アルバイトとして、この職を選んだことをのべている。

彼らいわゆる「浪人生」がこの職を選ぶ理由は、拘束時間は長いが肉体的にも精神的にも自由な時間が持てるということである。そして、このような場合、勤務時間については表向き(協定上)は、二人制の勤務として、そのような勤務時間制をとるとしているが、実際は、当人の希望や財政上の考慮から一人制として、ある程度短縮した勤務時間を認めている例も多くあり、本件に見るように始業、終業の時間を協定のそれより短縮する慣行、即ち、本件の如き事例は少なくないのである。

第一 一審及び原審の判決では、上告人の勤務時間についての「労働慣行」の存在の主張判断は、証拠に基いてなされていない違法な判断であり、それが、判決は影響を及ぼすことは明らかである。

1. 本件については、一審、原審共に「原告(上告人)は、被告(被上告人)に宿日直員として採用されて以来、週日概ね一七時三〇分頃出勤し、翌日七時三〇分頃退勤していたことは当事者間に争いがない」と認定している。

このような事実の存在自体何ものにも増して労使間に始業、終業の時間についての慣行の存在を明らかにしているのではないか。

本来、労働慣行(乃至「労使慣行」)とは、「継続的関係における当事者間において、……反覆継続して行われた事実」の存在が基礎となるものであろう。

この「慣行」なる語が、法例二条の慣習法や民法九二条の事実たる慣習と対比して法的にはどのような意義を持つか、その規範性、効力等を統一的に明確にすることはむつかしいとは考える。しかして、労使間に形成された慣行的事実の具体的解明は、「それにつき、それを支え規定づけている条件との関連において、その法的性質を析出する作業が不可欠」であろう。「したがって、かかる慣行の存在、即ち、本件の場合、一七年間継続反覆されて来た勤労パターンにはそれをそうさせた、あるいは、それを要求して来た現実、例えば、市当局の財政的考慮とか、労働供給者側の状況等があったのである。

何れにしても、ある程度反覆事実が慣行として定立するということは、それだけ現実の要請があったことであり、それだけに慣行的事実を単に規則違反として拒否することは、合理性から見ても正しい判断とは言えない。

そして、本件上告人に対する免職処分の理由中もっとも基本的、且つ重要なものは、始業、終業時刻についての協定違反であろう。この点についても、もし右に関する事実を労働慣行として見ない被上告人の主張が誤ったものであると認定されれば本件免職の処分は理由を失うと考えられる。

よって、本代理人は、本件の労働時間に関して上告人主張のような労働慣行が存在したことについて、さらに補助書面をもって補充するものである。

2. 上告人の労務に対する労基法四一条三号の適用除外適用に係る違法性

上告人の職務である宿日直代行員が、労基法四一条三号の「監視又は断続的労働」に該当するとする被上告人の主張及びこれを認めた一審、原審の判断については、本代理人としては、大いなる疑問をもっている。

しかし、昭和六一年一二月一八日付の最高裁判決(昭和六一年(オ)第一一二二号)は、横浜市立学校に勤務する「学校管理員」(本件における宿日直代行員にほぼ匹敵する)一一名の横浜市長に対する上告審では、「学校管理員」の業務は「実労時間が少なくていわゆる手待時間が多く、労働の密度が希薄で身体及び精神の緊張が比較的少ないものとして、労基法四一条三号にいう断続的労働に該当し」と判示している。

宿日直代行員の労務を、単純・抽象的に「労働の密度」とか「精神の緊張度」により、その主体に対する負担度を判断することは大きな疑問がある。

宿日直代行員は、その名も示すとおり、教職員らの行う宿直、日直の代行であり、宿直、日直者の義務は、枚方市教育委員会と職員労働組合現業評議会との間で昭和五四年当時結ばれた協約書七条の示す職務内容のようなものに限られないことは、宿日直職務を機械システム化することや警備保障業者に委託することの困難さが示している。

児童少年の教育機関である学校へは、いろいろな原因から時間外に生徒や時にはその父兄も訪ねて来ることもあり、それを一概にまともな理由もないものとして、無用者の校内侵入と同様に取扱えないことは常識上からも不当なことは明らかであり、これらに対する取扱い方にも教育的配慮が求められるのは当然である。

殊に最近ではいわゆる「荒れる学校」現象が多く見られるような環境で生徒らの学校施設に対する心情態度も屈折しており、殊に時間外に学校に現われるこれら少年少女に対する対応には慎重な心遣いが求められる。

したがって、宿日直代行員の職務態様を解釈例規でいう旅館の炊事係とか寮母のような職種に同一視して労基法の労働時間に関する規定の適用から外すということは、問題があるといわざるを得ない。

しかも、被上告人は、上告人が宿日直代行員に任用された昭和四五年四月から、昭和六〇年一月九日付で監視断続的労働に従事する者に対する労基法の労働時間等の規定の適用除外許可をとるまで、上告人に対して全く違法な労働時間を押しつけていたのである。

被上告人は、上告人の職務については、昭和四五年から昭和四七年三月までは一七時始業翌日九時終業、同年四月から上告人の免職まで一六時三〇分始業、翌日八時三〇分終業の勤務時間が同市における宿日直代行員によって遵守されていたこと、右の勤務時間については、前記昭和五四年九月一三日付教育委員会と枚方市職員組合現業評議会との間の協約書(乙四号証)や同年九月一日付覚書(乙五号証)の存在によって、上告人は当然にこれら協約によって定められた始、終業時間の遵守を義務づけられていると主張し、一審、原審もこの主張を認容する。

しかし、前述のように労基法四一条三号の同法適用除外を受けるためには、法の定める労働大臣の許可を受けねばならない。

したがって、右労働大臣の許可なくして、労基法規定の労働時間から大幅にずれた労働時間を定めた約定は、無効であることは明らかであり、かかる無効な約定に上告人は何ら拘束されるものではない。

それ故に、被上告人が昭和六〇年一月九日前記労基法四一条三号所定の適用除外を受けるまでの間の宿日直代行の労働時間に関する約定は、何人に対しても何らの拘束力はなく、原審の右に関する判断は違法性を持った誤った判断であり、この面からも上告人の勤務態様に関する前記労働慣行の存在は正当である。

以上

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